2025年08月09日 スタッフブログ @>
1599年(慶長4)、徳川家康に拝謁した蠣崎慶広は、氏を「松前」と改め
江戸幕府成立後の1604年(慶長9)、家康より「黒印の制書」を得て
松前藩の大名の地位を獲得しました。
これにより、松前氏はアイヌとの交易権を独占し、友好的な交易活動をしていました。
しかし、1624年以降、和人が居住する「和人地」とアイヌが居住する「蝦夷地」に区分され
藩主が上級家臣にアイヌとの交易権を分け与えると、アイヌは交易の自由が失われ
物資の交換比率が不利となり、これが原因で1669年のシャクシャインのとの戦いに
発展してしまうという悲しい時代を迎えていきます。