2025年06月27日 スタッフブログ @>
佐々木です。
函館の北洋漁業(母船式サケ・マス漁)にとって
決定的な打撃となったのは、1977年(昭和52年)
アメリカ・ソ連両国が200カイリ漁業専管水域を設定したことです。
一瞬にして、日本漁船が出漁できる海はほとんど小さくなってしまいました。
こうして、戦後に4船団334隻を誇った北洋漁業は、
1988年には1船団43隻にまで縮小され、翌年の平成元年
の出漁が函館港を基地とする北洋漁業の最後となりました。
行き場を失いつつあった函館の漁業ですが、
これからイカの街への歩みに繋がっていきます。。。(つづく)